タイトル


1921年、日本遠征時のバンクーバー・オールスターチーム
バンクーバー朝日軍とは

王監督が2006年にWBC・ワールド・ベースボールクラシックで優勝した時、 日本人として大いに感動し涙したことはまだ記憶に新しい。 そして、昨年、北京オリンピックへの出場をかけた星野ジャパンの韓国戦の熱闘 とあの劇的なスクイズから始まった台湾戦の勝利は、眼に焼きついて離れない。
そんな、野球狂が実は、約100年前のカナダに居た。 1900年代前半にカナダに実在し、疾風の如く駆け抜け、ターミナルリーグに優勝し、 北米大陸西海岸カナダターミナルリーグチャンピオンシップを総なめにした日系カナダ人野球チーム。
それこそが誇り高き「バンクーバー朝日軍」である。
約一世紀前の20世紀初頭にカナダ・バンクーバーには多くの日系移民がいた。
彼らは、現代のような、インターネット化・グローバル化など全く想像もつかない時代に、勇気を持って太平洋を渡り、 夢を求めて言葉も習慣も違う異国カナダに旅立っていった。当然、その地での人生の成功を目指し頑張った。
初代朝日軍メンバー(1915年)
しかし、そこにあったのは歴然とした過酷な人種差別であった。選挙権も被選挙権もなく、 市民として公平ではなく、生活も苦しいようだった。そんな中、パウウェルストリート、 当時の日本人街(リトルトウキョウ)において日系二世によるベースボールチームが誕生した。 それが「朝日ベースボールチーム・バンクーバー朝日軍」である。彼らは、普段の生活で不公平な差別を受けながらも、 野球ではルールのもと公平に闘えた。そして彼らは白人に比べれば小柄な体格で、白人チームには打撃力やその他体力 に於いては大幅にハンディキャップを負っていたが、それでも高い技術力と、貫き通したフェアプレイ精神で毎試合を 闘い続け、数々の勝利をおさめた。その闘い振りは当時の日系人を熱狂させ、ついには白人サイドにも多くのファンを 持つようになり、休日などパウウェルグラウンドは数千人のファンの大歓声に包まれた。やがて、朝日ベースボールチ ームの選手は日系人の英雄となり、多くの日系人の若者がチームへ入ることを夢見た。
1923年の朝日軍
朝日軍の運営資金を募るための芝居興行
そして、このチームは当時のカナダのターミナルリーグに入り、ますますの活躍を見せ、ついには数ある白人チームをなぎ 倒しリーグ優勝を達成しカナダで最強のチームと呼ばれるようになった。

しかし、1941年12月7日(カナダ時間)、パールハーバ ーアタック、太平洋戦争開戦によりこのチームは解散させられた。 パウェルストリートの日本人も、朝日軍の選手も日系カナダ人は全ての人が全財産を奪われ、全員が強制的にキャンプ に収容された。
こうしてリトル東京の異名をとったパウェルストリートは消滅し、それと共にバンクーバー朝日軍も 歴史の闇に葬り去られた。

やがて、月日は流れ、2002年の5月、トロントドームでのマリナーズ対ブルージェイズ戦で、イチロー、大魔神佐々木、 長谷川の見守る中、往年の朝日プレーヤーが招かれ始球式に臨んだ。スタンドは割れんばかりのスタンディングオペレイション に包まれた。

そして、翌年、悲劇の解散から62年目の2003年2月、「バンクーバー・朝日軍」はカナダ 野球殿堂(Canadian Baseball Hall of Fame) 入りを果たした。
1990年代後半のパウエル・ストリート パウエル球場跡地で取材を進めるテッド・Y・フルモト